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はじめまして

8歳のときの私の趣味は、車のナンバープレートの地名収集だった。
従姉妹と地元の遊園地に行った帰り、駐車場で迎えの車を待っていた。今はもうつぶれてしまったその遊園地もその頃は県外からの観光客も訪れるほどの盛況ぶりで、駐車場にはどこにあるかさえわからない県のナンバープレートが並んでいた。田舎でそんなものを見るのはとても珍しくて、見慣れない文字列をしげしげと見つめた。
いわて、やまがた、よこはま。従姉妹に読み上げてもらった「ここではないどこか」はどれも空想的な響きがした。
そのときから数年間、私は県外のナンバープレートを見かけたら記録をつけるようになった。
地元は二文字の県だったので、「和歌山」を初めて見たときなんかは、その文字のつまりかたにガチャポンのシークレットキャラを引いたときのような高揚感を覚えた。

ある日高速道路かどこかのまっすぐな道で、ふと見た前の車は「室蘭」だった。細々とした読めない字は手元のメモには確実にない「異物」。その頃には地元で見れるナンバーは大体制覇していた私にとって、久々の大物だった。帰っておばあちゃんに自慢すると、「むろらんって読むのよ」と教えてくれた。
ムロラン。むろらん。室蘭。
今思えば「室蘭」という語の持つ色気に当てられたのだと思う。ムで力を入れた唇をほどくようなロ。それをもっと解放させるランは軽やかでかわいい。漢字も気取っていないのに気が利いている。本当にそんな場所があるとは思えないほど色っぽいロマンが溢れていた。

それからいつの間にかその趣味は途絶えてしまった。
ナンバープレートを見なくても実際に県外に出ることも増えて、他県の名前は特別なものではなくなった。他人の車についてある文字を見るだけではもう心はどこへも行けなくなった。

今私は、たくさんの効率的で合理的で必要不可欠なことに囲まれて、自分を肯定する力が弱まりつつある。そんななか、ナンバープレートに夢中だった日々を突然思い出した。
私は不必要な余剰を大事にしたい。それをしている自分を肯定したい。
その気持ちをいつだって大声で言えるように、あの頃の自分を座右に置く。

このブログはその決意表明とそれに基づく日々の活動記録です。